石巻の巨大缶詰看板は震災後1年以上過ぎてから解体


2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災。ご存知の通りだとは思いますが、東北の被災は相当なもので死者も多数出ました。首都圏でも一部機能が麻痺し、コンビニからは食料が消え、電車の広告もしばらくは自粛するなど非常事態でした。東北の日本有数の製紙工場が震災直撃で紙の供給もストップして、新聞の折込チラシにも影響が出ました。

その震災から半年が過ぎた頃、石巻の様子を見に行ってきました。当時の石巻はまだ震災当時のままでした。当時撮影してきた動画を紹介します。

 

鉄道の寸断でバスに乗り換える


震災で鉄道が寸断していたため、石巻へ向かう交通機関は途中から一部バスでの移動となりました。バスの窓から見える民家は津波で廃墟と化していました。

徒歩で漁港へ向かう途中の被災した民家や給食センター


石巻駅を降りて、30分くらい歩いた頃でしょうか。漁港へ向かっています。民家の1階は津波でドアや窓がほぼ破壊されています。


石巻市湊地区学校給食共同調理場です。時系列では、この次に冒頭で紹介した鯨の缶詰工場の動画につながります。


ちょっと記憶が薄いのですが、漁港にほど近い鯨の缶詰工場のあたりでしょうか。

漁船が陸地に乗り上げている


漁港の漁船が津波で内陸まで乗り上げていました。海から50〜100mほどの場所です。


漁港から石巻駅へ戻っています。漁港の出口の道路標識が倒壊していました。

公道沿いの食堂が倒壊


食堂や交番も被災しています。

動画は以上です。この時はすでにiPhone4を使っていたのですが、今ほど気軽に動画を撮影する時代でもなかったのか、なぜかデジカメで動画を撮影していました。iPhoneのレンズがあまり広角ではなかったからかもしれません。

写真もデジカメで多数撮影しているので、また別の記事で紹介しようと思います。